最近、近隣地域で幼児虐待の事件がありました。
被害にあった子どもは亡くなってしまったとのこと。
どんなことをされたか…というのもニュースで知りましたが、とても痛ましい気持ちになりました。
被害にあった子が、自分の子どもと同世代というのもあるかもしれませんが、全く会ったこともない、知らない子のことなのに涙が出そうになりました。
「他人の自分でさえ、こんな気持ちになるのに。
親が我が子を殺してしまったり、傷つけられるのを黙って見ているなんて。」
そう思わずにはいられませんでした。
私は子育てをしていて、本当に気が狂いそうになる時があります。
可愛い我が子に対して腹が立って、憎たらしくなって、「捨ててやろうか!!」と思うことも何度もありました。
でも、私がカンカンになって怒ると、子どもたちは泣きながら
「ママごめんね。ママごめんね。」としがみついてくるんです。
その姿を見て、「怒りすぎたな」「ひどいことを思ってしまった」と、我に返って反省の気持ちでいっぱいになります。
子どもの涙を見て我に返ることができたのは、私が本当に『気が狂って』いなかったからなのでしょう。
自分が精神的に限界で、何が正しいのかも判断がつかないような状態だったら、どうなってしまうのか、恐ろしくて仕方がありません。
幸いなことに、私には夫がいて、親がいて、義両親がいて、友人がいます。
子どもたちをみてくれる保育園の先生もいます。
親である私は、周りの人のおかげで、孤独な子育てママではありません。
大人同士で子どもの話をすることは大切です。
子どもたちの様子を共有しておくことで、異変に気付くことができます。
たとえば、ある日の義母との会話ですが、
義母「〇〇ちゃん、今日は保育園に行くときぐずっていたけど、何かあった?」
私「今朝は寝起きが悪くて、朝からずっとご機嫌ナナメなんですよ。それでお気に入りのおもちゃを投げたら壊れちゃって。」
義母「そうかぁ。でも、お迎えに行ったときはご機嫌で、ちゃんと手をつないで帰ってこれたよ。先生に抱っこしてもらってうれしかったみたい」
こんなふうに他愛もないことですが、子どもの様子を共有しています。
この会話があることで、
「明日の朝も機嫌が悪かったら抱っこしてみようかな。甘えたかったのかな?」
と、こちらも対策を考えることができるのです。
また、そういった会話ができる相手がいることで、客観的に自分が子どもにどう接しているのかを見つめることもできます。
変な言い方になりますが、他の大人に自分の子育てを見守ってもらうことにもなります。
私にとっては、自分が育児でおかしくならないためにはありがたいことです。
虐待のニュースを知ったとき、いつも感じるのは、「子どもがかわいそう」「親は孤独だったのか」という2つの気持ちです。
孤独な状況で育児をしなければならない、そんな環境の人もいます。
一緒に子どもをみてくれる大人に恵まれない人もいるでしょう。
ただでさえ、孤独な気持ちになりがちな育児ですが、コロナの流行でさらに追い詰められている人も多いのではないでしょうか。
オンラインの育児コミュニティや、電話相談というものもあります。
私も過去に利用したことがありますが、辛いときに話を聞いてもらえるだけでも、自分の状況を整理して、落ち着きを取り戻すことができます。
限界を超えてしまう前に、おかしくなってしまう前に、「疲れたな」「毎日が辛い」と思い始めたら利用してみるのも一つの手段です。
子どもたちが悲しい思いをしたり、痛い思いをしないように、私自身、これからも周りの大人との関わりを大切にしたいと思います。
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